米軍による事件・事故が起こるたびに、新聞や雑誌などで「日米地位協定」に関する記事が掲載されますが、そもそも「日米地位協定」とは何なのか、なぜ「日米地位協定」の改定に関して議論されるのか、よくわからないと思っておられる方も多いのではないでしょうか。
私は昨年10月に衆議院議員になるまで防衛省・自衛隊に勤務していたのですが、かく言う私も平成26(2014)年から2年間、沖縄防衛局長として沖縄で勤務するまでは、「日米地位協定」について根本的に深く考えたことはありませんでした。
2016年4月、沖縄県うるま市で米軍属による女性暴行殺害事件がありました。なんの罪のない、しかも結婚を間近に控えた若い女性がウォーキング中に米軍属に暴行・殺害され、林の中に遺棄されるという残虐極まりない事件でした。
沖縄防衛局には多くの方々が抗議に見えましたが、日米安保体制の重要性について理解を示されている方々からも「事件・事故を根絶するには日米地位協定の改定しかない!」と厳しい口調で言われました。また、嘉手納町にあるおでん屋さんで知り合いになった長老からは「井上局長、沖縄県では昔はこういう事件ばっかりだったんだ。結婚間際の女性が米軍人に暴行をされ、誰にも言えずに結婚したら肌の色の違う子どもが生まれたということもあった。基地に逃げ込んだら日米地位協定に守られて何の手出しもできない。今は違うかもしれないけど、こういう酷い事件が起きるたびに昔の悲惨な記憶が甦る。だから、皆な日米地位協定の改定を訴えるんだ」と言われました。
2017年12月、宜野湾市の普天間第二小学校の校庭に米軍機CH53ヘリコプターの窓枠が落下するという事故が発生しました。90センチ四方のアルミ製の窓枠です。落下物で飛んだ石があたり、男児1人が怪我をしています。大惨事につながりかねない重大な事故です。米軍は飛行を再開し、普天間第二小学校上空は最大限可能な限り飛行しないとしていたにもかかわらず、その約束は守られませんでした。今でも沖縄防衛局が委託する監視員が普天間第二小学校に配置され、普天間飛行場を離着陸する米軍機を監視し、上空に接近すると避難を呼びかけています。こんな状況で真っ当な授業ができるはずがありません。児童の教育環境を守るため、米軍ヘリが普天間第二小学校上空を絶対に飛ばないようにさせることは当たり前のことです。外務省が言うように「日米地位協定の運用改善」で本当に問題が解決するのか、事件・事故をなくすためには「日米地位協定を改定」することが必要なのではないか、このような思いも重なって「日米地位協定」について深く学び続けるようになりました。
では、そもそも「日米地位協定」とは何なのでしょうか。
日本には米軍が駐留しており、米軍人・米軍属、そして家族を入れると約10万人が滞在しています。本土には三沢や横田、横須賀、岩国、佐世保などの基地があり、沖縄には普天間飛行場や嘉手納基地、キャンプ・ハンセンなどの基地があります。沖縄には基地が集中しており、米軍専用施設の約70%以上が所在しています。
駐留米軍は米国の軍隊ですので、米国の法律と日本の法律をどのように適用させるかを定めておく必要があります。これを定めているのが「日米地位協定」で、米軍人等の範囲や米軍に対する施設・区域の提供、米軍機等の出入・移動、税金の取扱い、刑事裁判権等について規定しています。外交官には、外交関係に関するウィーン条約(外交関係条約)に基づき、公館の不可侵や刑事裁判権・租税の免除などの外交特権が認められています。それでは駐留米軍に対する特別な権利は国際法ではどのように認められているのでしょうか。
外務省のホームページに「日米地位協定Q&A」が掲示されており、それによると、「一般国際法上、駐留を認められた外国軍隊には特別の取決めがない限り接受国の法令は適用されず、このことは、日本に駐留する米軍についても同様です。
このため、米軍の行為や、米軍という組織を構成する個々の米軍人や軍属の公務執行中の行為には日本の法律は原則として適用されませんが、これは日米地位協定がそのように規定しているからではなく、国際法の原則によるものです。一方で、同じく一般国際法上、米軍や米軍人などが我が国で活動するに当たって、日本の法令を尊重しなければならない義務を負っており、日米地位協定にも、これを踏まえた規定がおかれています(第16条)。
しかし、公務執行中でない米軍人や軍属、また、米軍人や軍属の家族は、特定の分野の国内法の適用を除外するとの日米地位協定上の規定がある場合を除き、日本の法令が適用されます」となっており、一般国際法上、駐留軍には原則として国内法は適用されないと説明されています。
しかし最近になって、外務省が説明している「一般国際法上、駐留軍には原則として国内法は適用されない」旨の見解は正しいのか、ということが国会で議論になっています。というのも、米国は日本以外にも100以上の国と地位協定を結んでいるのですが、米政府の諮問委員会が米軍の地位協定について調査した2015年の報告書では、「国際法上は受け入れ国の法律が適用され、その例外を設けるのが地位協定である」旨の見解となっており、外務省とは真逆の見解が示されているからです。
私もこの点に関し、政府に質問主意書を提出し、確認しました。政府の答弁は、「一般国際法上、受入国の同意を得て当該受入国内にある外国軍隊及びその構成員は、受入国の法令を尊重する義務を負うが、その滞在目的の範囲内で行う公務について、受入国の裁判権等から免除されると考えられる。免除の具体的内容については、個々の事情により、必要に応じて、こうした一般国際法上の考え方を踏まえつつ、当該軍隊の派遣国と受入国との間で個々の事情を踏まえて詳細が決定される」とのことで、外務省ホームページのように、「一般国際法上、駐留軍には原則として国内法が適用されない」旨の表現は用いず、これまでの見解を軌道修正したと思われる答弁書が戻ってきました。
従来の「一般国際法上、駐留軍には原則として国内法が適用されない」との“特権が基本”という考え方から、「免除の具体的内容については、当該軍隊の派遣国と受入国との間で個々の事情を踏まえて詳細が決定される」という“特権は両国の協議の結果”という考えに重心を移すのであれば、例えば、わが国における米軍機の運用のあり方のように、“特権が基本”として幅広く航空法の適用除外とするのではなく、個々の事情を踏まえて適用除外の詳細を決定するようにすればよいことになります。